本書が民主制を用いた理由は、本書が依拠する政治体制の民主化度を測ったV-Demの概念規定に従っています。V-demは民主制をdemocracy、民主制でない政治体制をautocracyと称しています。democracyを民主制としたなら、autocracyの和訳も民主制と揃えて「〇〇制」とするのが望ましいです。
一方、権威主義に対応する英語はauthoritarianism、権威主義体制はauthoritarian regimeです。これはautocracyとは別の語なので、autocracyの訳には権威主義とは異なる日本語をあてる方が望ましいと言えます。そこで、一部の研究者や翻訳で用いられている専制という訳を採用しています。
なお、今日の政治学では、権威主義と専制は同義と見なす傾向があります。第7章で説明した通り、非民主的な政治体制を全体主義totalitarianismと権威主義に区別するフアン・リンスの議論がかつて政治体制論の定番でした。しかし、全体主義の主な特徴である明確なイデオロギーの存在を強調することが現在ではなくなってしまったとされます(エリカ・フランツ『権威主義』序章)。
この指摘に関連して、autocracyを専制と訳すことは2つの意味で正当化できます。第一に、権威主義と専制が同義ならば、どちらを使っても問題はなく、訳を揃える点で専制に分があります。第二に、権威主義が主流とはいえ、全体主義を分析概念とする研究がなくなったわけではないことを考えると、非民主体制を権威主義とすることを回避する意味で、専制という訳を当てるのは無難と言えます。
参考までに、Google Ngram Viewerで英語文献における権威主義と全体主義の出現頻度を比較すると次の通りとなります。検索対象は学術書とは限らない点、注意が必要ですが、ヒトラー政権やスターリン政権など全体主義体制が注目され、それが下火になるも、概念は引き続き使われていることが分かります。
