Mahoney (2010) もまた、中程度の複雑度を持つ社会に多数言及しており、これらは概ね首長国(第2章コラム「複雑度を理解する」参照)に該当します。その特徴は、農耕が発達している点で、狩猟が中心である複雑度の低い社会とは異なるものの、異なる文化集団を支配するほどの強力な統治を持たない点で、複雑度の高い社会でもないことにまとめられます。
こうした社会が多く見られる地域として中米とベネズエラが挙げられます。エルサルバドルやホンジュラスに居住していたレンカ、そしてベネズエラのティモト・クイカと呼ばれる集団は、農耕を行い、高い人口密度を有していたことが知られています。一方、上記の集団には王族や貴族といった統治に特化した集団も、統治を受ける者から貢納を徴収する十分な強制力もなかったと評価されています。
中程度の複雑度を持つ社会には、先住民がある程度集住しているので、スペインはその社会を積極的に支配しようとするはずです。しかし実際には、上記の国々がある地域は植民地の中核になりませんでした。その理由は、集住の程度がスペイン人の期待よりも乏しく、労働力が不足していると見なされたこと、そして何より鉱物資源が乏しく、スペイン人の関心を引かなかったことにあるとされます。
最後に、ラテンアメリカ史において、インカやアステカと並ぶ強力な集団として記述されるのがマプチェです。第4章で述べた通り、植民地期のチリでは、マプチェがスペイン当局の支配を跳ね除けていましたが、このイメージに反し、Mahoney (2010) はマプチェの複雑度を低く評価しています。集約的な農業も、集権的な統治の仕組みも存在しなかったものの、海と陸から十分な食料を採取できたことで、比較的規模の大きい人口を維持できたと言われています。
