本書は民主化の指標として「体制スコア」を用いています。これは「民主主義の多様性」 (V-Dem) プロジェクトの選挙民主主義指標 (Electoral Democracy Index) です。この長い名称を繰り返し使うことを避けるため、本書では「体制スコア」という簡略化した呼称を用いました。
体制スコアは0から1までの連続値を取ります。ある国の体制について、どの程度民主的かを細やかに示せることが体制スコアの強みです。その半面、明らかに性格の異なる体制を分類できないという問題も生じます。
例えば、現在の日本と、第二次世界大戦時の日本は、民主化の度合いが明らかに異なります。しかし、民主制と専制の違いは民主化の程度の問題であり、明確な線引きは難しいという慎重な姿勢を取れば、両者を事実上区別しないことになります。
この問題を解決するため、本書では民主制と専制を区別する明確な線引きを設けています。第1章では、体制スコアが0.4未満だとその国は専制であり、0.75を超えると問題の少ない民主制であるとしています。この記事では、なぜこうした基準を設けたかを説明します。
(1)0.4:民主制と専制
この基準の設定にあたり参考にした論文は、V-Demの作成に参加した研究者による次のものです。
研究者の間では、民主化の度合いや体制の分類に関する様々な指標が発表されています。上記の論文はV-Demの体制スコアを含む連続値を取る民主化の指標と、民主制と専制の2つに体制を分類する(離散的な)指標を比較しています。
第1の論文では民主制と専制を分ける値を0.42としており、これをもとに当初は執筆を進めていました。その後、本書の最終稿をまとめる段階で第2の論文が発表され、値を0.39とする結果が出たことから、折衷的ながら0.4を基準としました。
(2)0.75:問題の少ない民主制とそうでない民主制
問題の少ない民主制の基準については、やはりV-Demに参加する研究者である次の著作を参考にしました。
Altman, David. 2019. Citizenship and Contemporary Direct Democracy. Cambridge University Press.
この書籍は、国民投票をはじめとする直接民主主義の多様性、とりわけ市民が発議して国民投票を行う仕組みを論じています。市民が政府に妨げられることなく、自由な発意で国民投票を行える政治体制を定義する上で、筆者は0.75という値を設けています。
また、0.75という水準は体制スコアに関する直観的な理解からも正当化できます。体制スコアはV-Demのコードブックにある通り、次の5つの指標から算出されています。
b. 表現の自由
c. 選挙される公職者の広さ
d. 透明性のある選挙
e. 選挙権の広さ
それぞれのスコアもまた0から1までの連続値を取ります。重要なのは、体制スコアはこれら5つの指標を単純に平均したものではないということです。V-Demが採用している計算式は次の通りです。
体制スコア = 0.5 (¼ a + ¼ b + ¼ c + ⅛ d + ⅛ e) ・・・<第一項>
+ 0.5 * a * b * c * d * e ・・・<第二項>
右辺の第一項は、結社 (a)・表現 (b)・被選挙者の広さ (c)・選挙 (d, e) という4つの指標の平均を表現しています。dとeはともに選挙に関する指標として見なされ、同じ重さを持つものとして扱われています。
これに対し、第二項では5つの指標が全て掛け算されています。これは、1つでも値の低い指標があれば、この項の値が低くなることを意味しています。言い換えれば、5つの要素が全て高くなければ、体制スコアも高い値になりません。
そして、第一項の値と第二項の値を同じ重さを持つものと考え、それぞれに0.5を乗じて、足し合わせたものが体制スコアです。全ての要素を単純に平均するよりも、第二項を抱える体制スコアの方がどの程度高い値を出しにくいかは、次のように考えると理解しやすいです。
4つの指標のうち3つ(例えば言論の自由・被選挙者の幅・選挙)が最高値(つまり1) で、残りの1つ(例えば結社の自由)が0から1まで変動する場合、単純平均と体制スコアは次のように変化します。選挙が0の場合、単純平均なら0.75という高い値を示すのに対し、体制スコアはその半分にあたる0.375にしかなりません。1つの指標の落ち込みが大きく足を引っ張っています。
また、4つの指標が全て同じ値を取り、0から1まで変化する場合、単純平均と体制スコアは左図のように変化します。体制スコアは下に膨らんだ(下に凸の)曲線となります。
注目したいのは、問題のない民主制とされる0.75に達するのに必要な値です。0.75を示す水平に引かれた点線に赤いグラフが達するには、各指標は約0.9(より正確には0.8854)を取る必要があります。
このように、0.75という体制スコアは一見すると、理想の民主制の3/4でしかないような印象を与えますが、個々の要素は約0.9、つまり理想の値である1に近い高い値を取っています。

